薪ストーブなら、山暮らしかな

薪ストーブに憧れるのだけど、街中というか住宅街で薪ストーブは

イメージとだいぶ違う。

冬の間に使う大量の薪を積んで置ける小屋か軒下があって、煙突から

煙がもくもくとしてたら、今頃「何燃やしてんだ」「火事か」と

通報されそうな気がする。明らかに「うちは薪ストーブです」と

公表したらいいかもしれないけど、ご近所に公表するのもなんだかな。

住宅街を車で走っていて、たまに新しい家で煙突があるのを見ると

「ああ薪ストーブかな」とは思うけど、私の身近な周りに薪ストーブ

使ってる人っていないから、実際どうなのかわからず想像の世界。

田舎で隣の家まで数十メートル(あまり遠いとちょっと不安)、たとえ

家が燃えても隣に火が移らない程度で、家庭菜園程度があって、

にわとりがいて、毎日生みたての卵を頂く生活…。にわとりって飼うのどうなのだ?

小さい頃は片田舎で生まれ育ったので、海に近いところに住みたい気持ちは

強いけど、なぜか、「住むなら山の片田舎」とイメージしてしまう。

山はスズメバチ、ムカデ、でかいクモ、カメムシ、へび、とかげ、ヤモリなど

危険な虫から爬虫類までひょっこり家にいることもあるんだろうなと

嫌なことも想定してしまうけど、なによりうるさい人たちに会わなくて住む

という安心、平和なひとりじゃないけど、自分の世界があるような気がする。

多少わずらわしい近所づきあいはあるだろうけど、毎日顔を会わすわけでなし。

人って、たまに会う程度なら、嫌な人でも気持ちをコントロールして

「嫌なところより良いところを見よ」とか「考えまい!」とかできるけど、

毎日、毎週でも会うとなると、いい人でもわずらわしくなってしまう。

人と接する仕事をしていて、「人」って好きだな、と思う反面、人と会うために

風呂に入ったり服装や臭い(?)を気にしたり自分の言動に後で反省したり

と落ち込むのなら嫌だな、と感じたり。

そんなものなのか、私が変なのか。

そして考えるのが、山の片田舎で薪ストーブで暮らすための、収入はどうするか?

年金なんて程遠いし、年金もらうまで元気に生きてるかどうかわからないし、

収入を得ながら田舎暮らし…。考えるなぁ。

これからの教育に必然となる「考える力」。私も学ばないとなぁ。